こんにちは。ゆいとです。
今日も一日お疲れ様です。
飛び抜けた能力、なじめない学校 文科省「ギフテッド」の子を支援へ(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
これご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
何を感じました?何を考えますか?
僕は違和感を感じました。
そして、全然解決にならないのではと考えました。
主に2つの違和感があります。
違和感その1。
”理解を深めるために教員の研修も充実させる”という点。
これまでも、そして近年は特に教員という仕事の「ブラックさ」が取り上げられるようになりました。労働時間の長さ、ほぼ休みなしの現状、一人に対する負担が大きすぎること、などなど。
またそれら劣悪な労働環境が露点したことにより、教員志望者が減少し、地域によっては採用試験の倍率が1割を下回るなんてこともありました。
こんな現実があるにも関わらず、なぜ負担を増やそうとするのか。
休職・自殺する教師が急増――背景に“消費者”感覚の保護者 | 週刊女性PRIME (jprime.jp)
教師の自殺 この5年間毎年100名以上 | 特定非営利活動法人「ゆずりは学園」 (yuzuriha-gakuen.com)
こんな悲しいデータもあります。
教員・学校に任せるのではなく、もっとNPO法人やその分野に尖った人たちと協力しましょうよ。
先生という仕事にやりがいを感じていたとしても、負担ばかりじゃもたないでしょう。
違和感その2。
”こうした子が学校になじめるように”というところ。
なぜ「学校に行くこと」が前提なのか。
いわゆるギフテッドと呼ばれる子たちは学校に行きたいと言ってるのか、もしくは思っているのだろうか。
以前、栃木県でフリースクールを展開されている方のお話を聞いたとき
「学校以外の選択肢があり、それを子ども自身が決められる社会になればいいな」と
仰っていました。
マジでそう思う。
学校じゃなくても勉強できるじゃないですか。
学校じゃなくても対人関係はできますよね。
なんで学校じゃないとできないことみたいになってるのか。
長くなるのでこの辺にしておきますが
結局子どものことを思ってるようで、大人の都合なんだよなぁ。
学校に行ってないとダメな社会って息苦しい。
もちろん学校に行ってよかったと個人的に思うことはありますけど、
あくまで結果論ですからね。
とにかく今回の発表は、なんか違う感がすごいっす。。