はじめの一歩

大学生になりました。自己を見つめる、周りを見つめる、そして思ったことを言葉にする一歩目のとして始めました。

矛盾する先生

こんにちは。ゆいとです。

今日も一日お疲れ様です。

 

 

 

大学のテスト勉強していて

「あれ?こういうテスト勉強って高校で終わりじゃなかった?」みたいなことを考えてました。

去年はコロナ云々でテストはなかったので

2年目にして初テストです。

 

明日の科目の先生は

授業の時は日本の教育システムとか

評価社会をめちゃくちゃ批判して

日本人はクリエイティブじゃないっていうのに

「テストに出るところ言うから覚えてきて」みたいな、クリエイティブさゼロなことを言っていて、理想を語ってるだけなのかと疑問に思いました。

 

アメリカの授業はここがすごい」って言うなら、そのやり方やればいいのに。

日本の大学の評価は甘いっていうのなら

厳しくつければいいのに。

言ってることと矛盾していたら

そりゃ生徒はついてこないと思います僕は。

 

 

その先生は

幸せの価値観が変わっているって話をしたと思えば

「いい会社で沢山働いて年収1000万稼ごう」みたいなステレオタイプ丸出しの発言をしたり

もう、ほんとにどっちなの?っていうね。

 

 

 

 

https://0210yuito.hatenablog.com/entry/2021/06/01/161919

 

これを言ってたのもこの先生なので

多分昭和で止まってるんじゃないかと僕は思ってます。

 

矛盾してたり、今更何言ってるの?みたいなことばかりでやばいですよね、ほんとに。

全部を否定はしないですけど、僕はいいとは思わないですね。

 

 

 

 

では!

 

押し付けないこと

こんにちは。ゆいとです。

今日も一日お疲れ様です。

 

 

今日もまた大好きな友人が誕生日を迎えました〜

おめでとう!

 

単純に、今年も祝えて嬉しいです。

 

 

大学の方も提出するレポートは全て終わり

後は火曜日にあるテストを残すのみとなりました。

夏休みが目の前だ〜

 

 

 

最近

人々が、人前に出る人たち(アスリートとか芸能人とか)に対して、純粋潔白であることを求め過ぎてるなという感じがします。

一つのミスとかに厳しかったり

どんな立場で、どれほどのプレッシャーがあるのかも考えずに、その「行動」だけを切り取って、善悪の判断をしている感じがして。

 

 

彼らも人間ですよね。

普通に失敗するし、僕らと同じように落ち込んだりするわけですよね。

人前に出る人はこうあるべきっていうのを

押し付けすぎなんですよね。

だから、現実の自分と世間のイメージの間にギャップが生まれて苦しくなるんじゃないかなと思うわけです。

 

 

これは僕らの日常にもあるんですよね。

例えば

男だからこうしなきゃ、女だからこうしなきゃ

っていう押し付けと自分を比較して、ギャップがあると自分はおかしいのか?って疑念を持たせちゃう感じになってるんですよ。

これは僕自身が体験してるから、結びつけたのかもしれないけど。

 

 

話を戻して

アスリートも、芸能人もみんな人間なんだから

僕らの価値観とか固定観念を押しつけて

善悪云々議論してちゃダメなんすよ。

僕らには分からない世界があるわけだし

知った風な顔して無闇に叩いちゃダメなのよ…

 

 

 

ではでは〜

 

わざわざダサい方には行かない

こんにちは。ゆいとです。

今日も一日お疲れ様です。

 

 

昨日の記事を書いた後

昨日分の授業をやってから寝ました。笑

やっぱり言葉とか文章にしておくと

嘘つかないっていうか

「あんた言動と行動一致してなくない?」って状態を避けるようになるので、結構プラスかもしれませんね。笑

 

 

やっぱり

やらない理由を探していたりとか

言ってることとやってることが違うとか

他人ばかり責めて自分を守ってる人とか

いい人いないんですよ、僕の記憶だと。

いい人だとしても、好きだな〜とか尊敬!とか

ないんですよ。

 

 

そういうのを経験しておいて

自分もその道に行こうとはならないじゃないですか。

だってダサい服わざわざ着ようとしないでしょ?

 

 

久しぶりに同級生とか親戚に会った時

「ダサいな」とか「落ちたな」とか

思われたりするのも嫌ですし

むしろ

こいつすごいな〜って思われた方が

いんじゃん?って思うので

ダサくない生き方、カッコいい生き方を

していこうと思います。

 

 

では!

 

 

 

僕のダメなところ

こんにちは。ゆいとです。

今日も一日お疲れ様です。

 

 

 

今日は昼間バイトして

そのあと特に何もしないまま、フツーにオリンピックを見て、今に至ります。

ダメなところが出ました。。

 

6000字のレポートが終わって力が抜けて

今日分の授業をまだやっておらず

来週は1科目だけだけどテストがあるのに

サラッとおさらいしただけで

ちゃんとなでしこジャパンの試合を見てしまいました。

 

 

 

これが僕のダメなところ。

 

 

 

一つ大きなものを終えた時に

力が抜けちゃうっていう。

それを終わらせても

やるべき事ってそれだけじゃなかったりするので、こういうことしてちゃダメなんですよね。

 

それに、夏休みが目の前にあって

休みが来ることは目に見えてるのだから

ここで気を抜いちゃダメだよねって自分で思います。

 

 

ううーーん

ムカつくよ、自分に。

 

 

 

ま、過ぎたこと言ってもしゃーないっすね!

そんなわけで、今日の分の授業やってから寝まする。

 

 

では!

まだ20歳?

こんにちは。ゆいとです。

今日も一日お疲れ様です。

 

 

ここ2週間で仲のいい友人2人が一気に20歳を迎え、置いてかれた感があるこの頃。

16あたりで出会った人たちもとうとう20歳か〜っていう変な感慨深さもあり、このまま会い続けていたいなって改めて思う次第です。

 

僕は2月に19になり、来月でやっと半年が経ちます。

まぁもう20歳まで少しずつ近づいているんですが、正直「まだ20歳?」っていうのが本音。。

 

だって、人生100年もしくはそれ以上と言われる時代で、20年ですよ。

まだ5分の1じゃんっていう。

人生長いなぁって最近すごく思います。

 

高校は楽しすぎてあっという間で

また戻って経験したいくらいなんですけど

大学に入ってから、一気に時間の感じ方が変わって、長くなりました。

それだけ濃い時間というか、いい時間を過ごさせてもらってるということなんですよね。

ほんといい人に出会えてるし、すでに出会ってた人ともよりいい関係になってるし。

 

もし何もしてなかったら、悪い意味で

「いつのまにか時間過ぎてた」ってなるので

それよりは遥かにいいですけどね。

 

 

 

長生きすることは素晴らしいけど

多分僕の役目じゃないんだと思うんだよね。

 

 

 

 

 

では!!

 

 

 

選手のメンタルヘルス

こんにちは。ゆいとです。

今日も一日お疲れ様です。

 

 

 

絶賛オリンピック期間ですが

昨日体操女子のアメリカ代表のシモーン・バイルズ選手が棄権するという出来事がありました。

バイルズ選手はGOAT(Greatest of all timeの略)と言われる超一流選手。

ですが、「メンタルヘルスに問題がある」として棄権しました。

 

最近では、日本の大坂なおみ選手が「鬱状態にある」と発表したのも記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。

 

 

一流アスリートって誰かの目から逃れる時間がほぼないし、色んな意味で常に誰かに追われているし、そんな中でもいいパフォーマンスを見せないといけない、というとんでもなく負担のかかる中で生きているのだと思います。

しかも、コロナ禍では「バブル」と呼ばれる

選手や関係者しかいない場所での行動に制限され、また新たなストレスが生まれているのかなと。

 

 

沢山のストレスと向き合ってるはずなのに

悲しいかな、彼ら彼女らの気持ちを考えようとする人があまりにも少ない。

リスペクトの欠けた質問をする記者

一つ一つの結果に何か言う評論家

評論家気取りの一般人

もうほんと、やめてほしい。

トップアスリートだって、1人の人間だし

戦う場から一歩退けば

特別でも何でもない普通の人。

 

 

アスリートの心を一般人が殺しちゃダメよ

 

 

 

ではでは

 

 

5年が経った事件

こんにちは。ゆいとです。

今日も一日お疲れ様です。

 

 

 

昨日7月26日は

津久井やまゆり園事件が起きた日でした。

5年経ったそうです。

昨日の記事を書き終えた後に、関連記事を読みました。

 

 

殺人事件として戦後最悪の犠牲者を生んだこの事件。記憶に残ってる方も多いのではないでしょうか。

この事件に関する記事などを色々読んでみたのですが、読むにつれて心苦しくなるのが自分でもわかりました。

どうやって表現していいのか分からない気持ちになりました。

 

 

5年経った今、大々的に報じられることも減ってきました。

だけど、これは社会が向き合うべき問題だと思うのです。

 

社会にとって有益かそうでないか

という間違った価値観がこの事件を生んだと僕は思っています。

こういうのを優生思想というらしいです。

 

 

僕らは学校で

順位や成績をつけられて

いい順位を取ることはいいこと

いい成績を取るのはいいこと

悪い順位を取るのは悪いこと

悪い成績を取るのは悪いこと

というように、いつのまにか優劣の思考になってしまう。

もしかしたら、学校に加えて

親だったり家族がその優劣思考にあると

より優生思想になる危険度は高まっていくと思います。

 

世の中にとって有益かそうでないかなんていう基準はそもそも間違ってる。

それに自分以外の人を、有益か無益か裁くことなんてできないはず。

他人を裁けるほど、人間は偉いのか?

そんなわけない。

何様なのか?

 

 

 

僕らは人に価値付けられるほど偉くない。

だけど、価値を感じてもらう働きかけはできるはず。

 

僕は自分に価値を感じられなかったことが何回もあります。生きていて、誰も幸せにできないんじゃないかと本気で思ってた。

だけど、友人とか色んな人が

「出会ってくれてありがとう」とか

「いつもありがとう」って言ってくれた事で

僕は自分に価値を感じられました。

 

 

次の世代で、こんな悲惨な事件を起こさない為に、一人一人に価値があるんだよって事を

お互いに伝えていくしかないんじゃないか。

言葉で意思疎通が図れないなら

動きだったり、行為で伝えればいいんじゃないか。

あなたには価値があるよ、というのを伝えていけば優生思想になんてならないんじゃないか。

人を何かの優劣で判断しようとなんて、思わなくなるんじゃないか。

 

 

 

繰り返しになるけど

人を裁けるほど人間は偉くないよ…

 

 

 

 

では。